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COUNSELOR - 2023.09.20
【初心者でもわかる】 カウンセリングで効果を上げる「対人関係療法(IPT)」とは

対人関係を最適化することで、こころの最適化を図る「対人関係療法(IPT)」とは
カウンセラーという仕事に興味がある皆さんは、プロのカウンセラーは、どのようにカウンセリングを行っているのか知りたいという方が多いのではないでしょうか。
カウンセラーはまず、クライエントは今、どのような状況の中でどのようなことに困り、悩んでいるのかを理解するために、クライエントの話をじっくりと聴くことから始めます。そして、カウンセリングの中で、心理学をベースにしたさまざまな心理療法や技法などを用いて、クライエントの抱える問題の改善や解決に向かって一緒に取り組んでいきます。その過程の中で、時にはクライエント自身が意識したことのないような、心の奥に潜んでいた問題に気づくこともあるのです。
このページでは、さまざまな心理療法の中でもうつ病の治療にエビデンスのある心理療法として、近年非常に注目されている「対人関係療法(IPT)」の概要を解説します。
今回は、対人関係療法(IPT)がアメリカから日本に紹介されてから20年来、うつ病の研究を通じて対人関係療法(IPT)と関わってきた、神奈川大学の杉山崇教授に解説をお願いしました。
対人関係とメンタルヘルス
現代の精神医学では、メンタルヘルスの問題は生物・心理・社会モデルで考えることが世界的なスタンダードになっています。下の図は「生物・心理・社会モデル」の図になりますが、人の生物・心理・社会の各側面は独立してはおらず、相互に影響し合って連動しています。そこで、メンタルヘルスの維持や問題の改善を考える時は、この連動を考慮する必要があるのです。
対人関係はこのモデルの「社会」に位置づけられます。「社会」にはコミュニティの問題など本人にはどうにもできない問題もありますが、本人の心がけで改善できるものもあります。対人関係療法(IPT)は、本人の努力で改善ができる社会的側面を扱うことで、メンタルヘルスの向上や改善を目指すものなのです。
脳とこころの秘密と対人関係療法(IPT)
はじめに、対人関係療法(IPT)の原点になっている精神分析学において古くから考えられてきた脳とこころの秘密を、現代心理学・脳科学の成果も含めて紹介します。
こころの原点とは何でしょうか? 現代の心理学や脳科学は、生き残るためにリスクをモニタリングするシステムがそのひとつであると考えています。
では、人が生き残るためにモニタリングする必要があるリスクとは何でしょうか。
この答えのヒントは、「人は社会的存在である」ということです。人は社会から排除されると生きていくことができません。ですから、人は何よりも優先して、自分が周りの人たちに受け入れられているか、拒絶されていないかを心配するように作られているのです。すなわち、人間は社会的リスクに極めて敏感な動物なのです。
例えば、人の脳が最も敏感に反応するのは人の表情です。また、誰かと気まずくなったり、嫌な顔をされたりすると、そのことを考えたくないのにしばらく忘れられなかったりします。この現象は本人の意志に関係なく起こり、考えないようにしようとすればするほど余計に考えてしまう。このことも知られています。これも人の脳が人間関係をモニタリングするように作られているからなのです。
また、悲しみや絶望感、恐れといったネガティブな感情は、こころの痛みを伴います。こころの痛みは脳のかなり深いところで生み出されますが、他者に共感されると、この脳の深い部分の活動が穏やかになります。そして、体感的にも気分が楽になることも知られています。
このように、対人関係の問題は心への影響が強いので、カウンセリングやコンサルティングでも対象者の対人関係を扱うことが重要なのです。
うつ病と対人関係
うつ病とは、長期間に渡って脳のリスクモニタリングのシステムが危険信号を発し続けることで、脳全体のバランスが崩れて元に戻りにくくなった状態です。
人にとって生存のリスクは、資産のロスなどの経済的な問題や、疲労や病気などの身体の問題も重要ですが、上記のように人間関係の問題も極めて重要です。特に人の脳は人間関係に敏感なので、対人関係が悪い状態が続くということは、大きなうつ病のリスクになります。
「人間観」とは、「人間とはどういう存在なのか」という問いに対する考え方のことですが、簡単に言えば「人をどう見るか、どう捉えるか」という視点のことです。
上の「ネガティブ・スパイラル」の図はライフイベント(嫌な気分になる出来事:対人関係療法(IPT)では特に影響力の強い対人関係上のライフイベントを後述する4種類に分類しています)で発生した軽いうつ状態から、対人関係が悪くなり、うつ状態がどんどん悪化するサイクルを示したものです。
嫌な気分が続くと、多くの人はこのように人の気持ちを気にかける余裕を失っていきます。結果的に、人に嫌われやすくなります。このことがストレスになって、対人関係における嫌なことが増幅してしまいます。メンタルヘルスの問題に悩む人の多くは、この「ネガティブ・スパイラル」に陥っているのです。
対人関係療法(IPT)はこのスパイラルについて対象者と一緒に考えることで、このスパイラルを抜け出すことを目指します。
対人関係療法(IPT)が目指す良いスパイラル
対人関係療法(IPT)ではネガティブ・スパイラルをどのように変えようとするのでしょうか。
そのひとつの答えが下の図です。こころの痛みを緩和してくれるような共感豊かな人間関係を作り、その関係を維持することが最終的な目標です。
このような、いい人間関係のスパイラルに守られていれば、仮に嫌な出来事があっても、こころの痛みから守られます。こころの痛みは人を非合理的にして、本来持っている問題解決力を奪います。一方で、いい人間関係に守られていれば問題解決も上手になれます。
また、人には「好意の返報性」というものがあります。自分が人に好意を示せば、よほど偏った個性の持ち主でない限りは好意を返してくれるのです。このようなサイクルを作ることが「難しいことではない」と信じることから対人関係療法(IPT)は始まります。
上の図の「いい人間関係のスパイラル」を参考に、身近な例で具体的に考え、イメージを明確にしておくと対人関係療法(IPT)の理解が進むでしょう。
対人関係療法(IPT)と他の心理療法や支援技法の主な違い
クライエントの主訴の背景には、下の図のような仕組みがあります。初期の精神分析は「欲求・願望」「体験・環境」「パーソナリティ(情緒の反応パターン)」の関係についての仮説を立てて、この関係についての洞察を深める形でパーソナリティそのものを扱う方法でした。パーソナリティがより成熟した合理的なものになることで、主訴の改善を図っています。
その後、パーソナリティの変容には時間も心理的な労力もかかるため、クライエントの負担軽減を目指して、その暮らしの中で繰り返されている自動思考や行動のパターンを新しくする認知行動療法が行われるようになりました。
しかし、「他者の態度や言動」が本人の情緒、すなわちパーソナリティを強く刺激することが科学的にも明らかになりました。感情の問題は、ほとんどのメンタルヘルスの問題の元になるもので、多くの主訴の背景になっています。すなわち、感情の問題が改善されれば多くの主訴は改善するのです。
他者の態度や言動は社会的相互作用の結果なので、「本人の態度や言動」が変われば変えられる可能性が高いものです。また、冷静に考えれば観察可能なので、本人が自覚しやすく変化もしやすいと考えられています。そこで、対人関係療法は本人と他者の態度・言動、すなわち対人関係の4つの問題領域に注目するのです。
対人関係療法(IPT)の考え方
対人関係療法(IPT)では、対人関係上の4つの問題を挙げ、症状や問題がこれらの4つの問題領域のどこから起きているかを見立て、1つか2つを選択して取り組みます。
対人関係療法(IPT)では、メンタルヘルスの問題は、その人の置かれている社会的状況における環境や対人関係からくる個人的ストレスやパーソナリティ、遺伝など、さまざまな要因から起こると考えていますが、その中でも特に対人関係の影響力の強さに注目しています。
抑うつ気分やストレスは、一見もしくは表面的には対人関係とは関係がないように見えるものもありますが、その発症のきっかけや原因として、対人関係における問題が多いと考えます。こころの痛みと対人関係は相互に影響し合っています。メンタルヘルスの問題で対人関係にストレスを抱えるようになると、こころの痛みもそれに応じて重くなっていくのです。
このようなことから、対人関係療法(IPT)では、まず対人関係における問題の理解に努めます。そして対人関係における問題の4領域分類に基づいて対人関係の問題を探り、問題改善することを目指すのです。
まとめ
このページでは、うつ病の改善にエビデンスがある対人関係療法(IPT)の概要を、神奈川大学の杉山崇教授に解説していただきました。
カウンセリングに用いる心理療法や技法は多数ありますが、人間関係の問題にフォーカスする対人関係療法(IPT)は、人付き合いや人とのコミュニケーションに苦手意識を持っていたり、ストレスを感じやすい人にとって、馴染みやすく、また効果的です。
対人関係療法(IPT)について詳しく知ったり、その運用方法を身につけることのできる機会や場所はまだ少ないですが、リカレントメンタルヘルススクールであれば学ぶことができます。
カウンセラーを目指す方や、これからカウンセラーとして、カウンセリングの実績を積みたい方などの参考になればと思います。
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この記事を書いた方のご紹介
杉山崇(神奈川大学教授)
リカレント スクール教務顧問
神奈川大学教授/1級キャリアコンサルティング技能士/臨床心理士
脳科学と心理学を融合させた次世代型の心理療法を開発・研究を行う。
うつ病研究、認知行動療法のトップランナー。臨床歴20年以上。著書は20冊以上。
講演、TV、雑誌などメディア実績も多数。
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